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知的な障害があったり、身体の障害があったり、そんなみんなと一緒に過ごし、暮らしてきました。その我が家を建て替えることになって、いろいろ調べてみたら・・・!
「介護しやすい家」や、「支援のしやすい家」、そして「パリアフリーの家」ばかり。一緒に過ごしたり、一緒に暮らしたり、つまりは一緒に風呂に入って、一緒にご飯を食べて、一緒に眠って・・・、という家は、まるで想定されていないのです。
それなら、そんな家を建ててやれ、ということで我が家の建替えが始まりました。これは、その様子を同時進行でお見せするブログです。

家のコンセプトは、「介護でも支援でもなく、僕たち一緒に暮らそうの家」です。それはつまりありふれて、普通の、街にとけ込んだ一軒家。

障害を持つ人の暮らしを考えたときに、どうして普通の家は想定されていないんだろう。どうして普通の家族や同棲や「一緒に暮らそう」は想定されていないんだろう。
そんなことを考えながら、更新していきます。
どうぞお付き合いください。

2008年12月21日

足場

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20日、土曜日に足場が組まれました。
posted by 五十嵐正人 at 20:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「生活ホーム 小島屋」について

「生活ホーム」というのは、千葉県・千葉市・船橋市・柏市が単独事業として行っている事業です。障害者自立支援法でいえばグループホームやケアホームのようなものですが、歴史は1986年に遡られます。より家的で、自宅を開放して「生活ホーム」にしているところもあります。うちの「生活ホーム 小島屋」も、自宅開放です。ですから、今は「生活ホーム 小島屋」も仮住まい中です。

「生活ホーム 小島屋」は森山裕子さんと五十嵐、小島が暮らすシステムとして、2000年に始まりました。しかし、その時に急に始まったわけではありません。
僕ら三人の暮らしは、ずっとそれ以前から始まっていました。

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「生活ホーム」は制度です。では、そうなる前の三人の暮らしはというと、制度とは関係のない暮らしです。気の合うもの同士が同居しているというか、事情を抱えていた裕子さんに「よかったら僕の家においで」と言った感じです。
裕子さんを障害者だと分類すると、イメージしずらくなるかと思います。どうぞ、気の合ったものが縁あって三人で暮らしているという一般的な図でイメージしてみてください。

実は、ずっと、この一般的な感覚でいたかったのですが、2000年に何を血迷ったのか「生活ホーム」という制度をとってしまいました。このあたりの経緯については、「三人暮らし」(右側上方に写真がある本です)をお読みください。

そして今はもう一人(村上弓子さん)増えて、四人暮らしになっています。最近の四人暮らしの様子は、下記のブログ「裕子ねーんね」でご覧ください。
http://yuuko-nenne.seesaa.net/

そんな経緯ですから、今回の建替えにおいては「生活ホーム 小島屋」部分の設計にもこだわりました。当然制度や施設な感じではなく、気の合った四人の普通の暮らしであるように。
幸いなことに「生活ホーム」の制度内容は、障害者自立支援法のような「人」を「障害者」として扱う前提が、薄いものです。いろいろな点で、よい意味での人間的なおおらかさがある制度内容なのです。もちろん、それでも「えーっ!」と思うようなところもないわけではありません。そうした制度内容と、僕ら四人が望む自然な暮らしのちょっとしたせめぎ合いが、設計のこだわりになっています。

いよいよ上棟です。少しずつ、こだわりを明らかにしていきたいと思います。

僕らの家のもう一つの場面である「ばおばぶ」については、
http://issyoni-kurasou.seesaa.net/article/109333938.html
こちらでご覧ください。

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