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知的な障害があったり、身体の障害があったり、そんなみんなと一緒に過ごし、暮らしてきました。その我が家を建て替えることになって、いろいろ調べてみたら・・・!
「介護しやすい家」や、「支援のしやすい家」、そして「パリアフリーの家」ばかり。一緒に過ごしたり、一緒に暮らしたり、つまりは一緒に風呂に入って、一緒にご飯を食べて、一緒に眠って・・・、という家は、まるで想定されていないのです。
それなら、そんな家を建ててやれ、ということで我が家の建替えが始まりました。これは、その様子を同時進行でお見せするブログです。

家のコンセプトは、「介護でも支援でもなく、僕たち一緒に暮らそうの家」です。それはつまりありふれて、普通の、街にとけ込んだ一軒家。

障害を持つ人の暮らしを考えたときに、どうして普通の家は想定されていないんだろう。どうして普通の家族や同棲や「一緒に暮らそう」は想定されていないんだろう。
そんなことを考えながら、更新していきます。
どうぞお付き合いください。

2009年01月27日

昇ってみる

工事用の足場があるこの時がチャンスと、屋根を見に行きました。

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周りの景色はこんな感じ。

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思っていたよりも、僕にはとても高い場所です。
くれぐれも工事のみなさん、怪我などないように気をつけてください。
posted by 五十嵐正人 at 11:24| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月22日

凸の角が少ない部屋

前回の記事「地震に備えてみる」
http://issyoni-kurasou.seesaa.net/article/112854793.html
で書いた、凸の角について。分かりにくかったかな、と思うので設計段階での写真をアップします。

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このあと若干の変更があったので、実際の家は少し異なっています。
写真は二階部分で、真ん中がみんなの過ごす時間が多くなるだろうリビング。そして左の二つが生活ホームの二人の部屋です。
建築士さんには、凸の角が無い部屋という注文を出しました。これは、「地震に備えてみる」の記事で書いたように、身体障害を持つ人などが大きな揺れに身体を持っていかれた時の危険を、少しでも回避しようという狙いからです。
そしてもう一つ、発作で倒れることがある人が、少しでも怪我をしないですむようにという願いもあってのことです。

今でも多少、そういう傾向はあるようですが、僕らが「ばおばぶ」を始めた頃の日本の社会福祉は、さまざまな場面で、重症心身障害者や、他害といわれる行為がある障害者、そして発作がある障害者を敬遠する性質を持っていました。もちろん、そうした人たちに対しても、しっかりと門戸を開く施設などもありましたが、そうでない所もあったために、「緊急一次保護」や「ショートスティ」を断られる人たちがいたのです。
そうした人たちが頻繁に「ばおばぶ」をご利用下さいました。
今でも、発作で倒れることのある人たちが来てくれます。そうした人が発作で倒れた時に、少しでも怪我をしないように、これまでの古い家でもいろいろ工夫をしてきました。
窓に頭をぶつけないように、窓の手前に布団を積むようにして距離をとったり。基本的に家具を置かないようにして、置く場合にも角が丸い家具や、プラスチックっぽいケースにしたり・・・。これまではずっと賃貸か、中古物件の購入だったので、こうした工夫が精一杯でした。
しかし、今回は設計からできるわけです。そんなこんなで、ここぞとばかりに凸角のない部屋をめざしました。
建築の雑誌を見たり、住宅展示場にいったりすると、この点では、世の中の家づくりの傾向と真逆であることがわかります。このことに限らず、いくつかの工夫は、最新の家づくりのモデルから、さまざまな機能やお洒落を取り除いていく努力でもありました。

地震と、発作で倒れる人への思いとしては、他に、窓に飛散防止シートを貼るという考えがあります。これは家が完成してから自分でやろうと思っているのですが、うまくいくかどうか・・・。これまでの家にも貼ってきたのですが、どんなに上手く貼ったつもりでも、違和感を感じる人はいるのです。長い時間をかけて、少しずつ少しずつ剥がしていきます。ある程度剥がれると、他にもそれが気になる人が出てきて・・・。あとは競い合うように剥がされていきます。
それなら、絶対に割れないような強化ガラスにすれば、という声もあるのですが、その場合には発作で倒れて頭を打った場合に、頭へのダメージが大きくなりすぎはしないか、という不安があります。
また、なにかの拍子に、ガラスを割ろうとする人もいます。その時に割れない方が安全なのか、割れた方が安全なのか、判断が難しい場合があります。割れなければ、叩いた手を破片で切ることはないでしょう。しかし、割れなければ、手や指の方を骨折するようなことも考えられます。
・・・と、いうわけでいろいろ考えた結果、強化ガラスの一歩手前くらいの強度のガラスに、飛散防止シートを貼るという選択に落ち着いたのです。

どうか、誰も剥がしませんように。

2009年01月19日

地震に備えてみる

僕らの大切な人たちの中には、知的な障害や、身体の障害を持つ人たちが大勢います。その人たちがやってくる家なので、災害への備えも大切なポイントでした。
その中で地震への備えとしては、地盤の調査からはじまりました。
一部基礎を深くしてもらったり
http://issyoni-kurasou.seesaa.net/article/110544684.html
基礎の鉄筋の間隔を狭くしたり
http://issyoni-kurasou.seesaa.net/article/110664511.html
それぞれどれくらいの効果があるのかは、僕にはわかりません。おそらく正確なところは、実際に地震がおきてみないと誰にも分からないのでしょう。ですから財政的問題を考えるとやれることは限られてしまうのですが、その範囲内でやれるだけのことはやってみました。

建物の設計においてベースになったのは、住友林業の「マイフォレスト」というコンセプトです。

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家の壁全体に張られている「クロスパネル」。これは筋交いにかわるもので、より大きい加重に耐えられるそうです。

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さまざまな構造金物が使われていますが、写真は柱の上下につけられる「ホールダウン金物」。地震の上下の揺れに対応するようです。

他にも、丈夫な床材が建物の変形を抑える役割をしていたり、内側の壁には「クロスパネル」とはまた異なる壁が用意されていたり。さまざまな耐震の工夫が「マイフォレスト」には標準整備(?)されています。

こうした住友林業が提供する耐震の工夫以外に、設計段階でもいろいろ考えました。
たとえば、ある理由から(これはいずれ別の記事で)ほとんどの部屋の床面を長方形にしました。
設計の最初の段階で、どんな家にしようかと住宅展示場を回ったのですが、多くの家がとってもお洒落に作られていました。特にリビングなどは、家具を一切入れていなくても凸面の角、角、角。特に車椅子使用者でなくても、大きな地震になれば倒れたり、揺れに身体を持って行かれる人は大勢います。
こんな家は、僕らにはあまりにも危険だ、と考えて、凸面の角ができるだけ無い家を設計の大切なコンセプトにしたのです。

また、本棚などから物が飛び交う危険があるので、特に生活ホームの弓子さんと裕子さんの部屋には収納をしっかりとりました。そのぶん部屋が少し狭くなるのですが・・・。
何かを得ようとすると、何かを失うので、いろいろ難しい選択がありました。

やはり地震や火災への心配から、基本的にキッチンはIHです。でも、オール電化にはしませんでした。万が一大地震が起きて電気が止まった場合、季節によっては大きく健康を損なう可能性のある人が、「一緒に暮らそうの家」には来ることがあります。そんな時のことを考えると、もしかしたら電気よりも早く復旧するかもしれないガスを外すことはできませんでした。
そんなわけで、ガスも使います。火災だけのことを考えたら、オール電化の方が正解なのかもしれませんが・・・。
やっぱり、何かを得ようとすると、何かを失う。「一緒に暮らそうの家」の設計では、そんなことがたくさんありました。

とにかく地震については、地盤や建物が対応できることはもちろん、大震災で被災した場合のことまで考えながらの設計になりました。
前の記事で書いた阪神・淡路の研修が本当に参考になりました。

大地震が起きた時、近くの避難所に行くことはできますが、身体障害の人には必ずしも対応していないかもしれないし、知的障害の人の中には避難所で過ごすことが難しい人もいるでしょう。実際には、家が倒壊していなければ、比較的早い時期に戻ることになるだろう「一緒に暮らそうの家」です。実はガレージの天井も高く設計しました。今までの家では所有している二台の車のうち、背の高いエスティマは入りづらかったのです。でも今度はエスティマが入ります。これ、実はハイブリッドなのです。エンジンをかけていれば、家庭用電源を車内で使用できます。
僕たちのところには、生きていくためにある種の電気機器を持ってくる人もいるのです。

2009年01月17日

阪神淡路大震災の1月17日

阪神淡路大震災から14年。
昨年9月のことですが、五十嵐が参加している「選べる福祉ネットワーク」の研修で、兵庫にいきました。研修は一泊で、重度心身障害の人たちが、さまざまな形で街暮らしをしている実践から学ぶことが目的でした。これはとても勉強になりました。しかしこのブログでは、次の日の個人的な研修の方を書きます。
みんなは一泊で千葉に帰ったのですが、僕はちょうどこの家の設計をしていた頃でもあったので、もう一泊、阪神淡路大震災関係の施設を回ってきました。
この家で一緒に暮らす人たちや、来てくれる人たちの中には、身体や知的やさまざまな障害を持つ人がいます。そうした人たちにとって、震災はどのようなものであるのか・・・。少しでも知っておこうと考えたのです。

最初に行ったのは、「阪神淡路大震災記念 人と防災未来センター」(神戸市中央区)です。写真がないので、関心のある方はどうぞ下記のURLでご覧ください。
http://www.dri.ne.jp/index.html
「震災追体験フロア」の映画とジオラマには身体が震えました。僕の大切な一人ひとり、車椅子を使っていたり、寝たきりだったり、環境の変化に対応することが難しかったり、薬が無くなると命に関わるような発作が起きたり、そうした一人ひとりを思い浮かべながらの震災追体験でした。
被災した人たちの記録を残した「震災の記憶フロア」も重い展示スペースでした。

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次ぎに行ったのは、震災時の護岸の状況を保存(写真)してある「神戸港震災メモリアルパーク」(神戸市中央区)です。URLは下記で。
http://feel-kobe.jp/asobo/harbor3.html
現在の街の様子を背景にしてみて、復興の力強さを感じました。

午後には淡路島に渡りました。「北淡震災記念公園」を見学するためです。ここには震災でできた断層や、被災した住宅が保存されています。
それらを見ることができる「野島断層保存館」の入り口エントランスで、まず目に入るのが写真のジオラマです。
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そして次の写真が、地震で発生した断層の一部です。
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さらに進んで戸外に出ると、被災した家を保存したメモリアルハウスが。
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断層の上にあったために亀裂が入った、写真の塀の向こう側がメモリアルハウスです。
「広島の原爆ドーム」を見た時にも感じたのですが、こうして保存するということは、本当に大切なことですね。しかし同時に被災した人たちにとってはたまらなくつらい記憶なのだろうとも思います。無理のない範囲で、ということになりますが・・・。そう考えるとかえすがえす残念なのは、長崎の被爆状況や東京大空襲、関東大震災などの保存を、ある程度広域でしておくべきだったのだろうと思います。
「北淡震災記念公園」のURLは下記です。
http://www.nojima-danso.co.jp/index.php

淡路に一泊して、最後の日は神戸大学付属図書館にいきました。ここの「震災文庫」には、さまざまな資料が保存されていました。障害を持つ人たちの震災後の様子のわかる資料などもありました。
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/eqb/

いろいろ考えさせられた研修でした。
「一緒に暮らそうの家づくり」での耐震の工夫については、次の記事で。
posted by 五十嵐正人 at 15:57| Comment(2) | TrackBack(2) | 周辺(関わりのあるあれこれです) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年01月11日

家づくりのパートナー探し

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骨組みの柱です。
ご覧の通り、「一緒に暮らそう」の家づくりは、住友林業さんをパートナーにはじまりました。
なぜ、大手のハウスメーカーにお願いしたのか? これが意外だという人がけっこういました。僕らの暮らしぶりが、とても個性的に見えているのでしょうか。「独創的なこだわりの家を建てると思っていた」というような声をききます。
もちろん、とってもこだわった家ができる予定です。しかし、大切なのは、そのこだわりが見えてはいけないということです。
「一緒に暮らそう」の家は、何よりも街にとけ込んでいることが大切です。そして、みんなにとって、普通の家であることが大切なのです。
僕らの仕事である「ばおばぶ」は、障害のある人たちが、さまざまな事情によってくる場所です。時には、突然お母さんが倒れて、特別支援学校の小学部くらいの小さなお子さんが泊まりにくることもあります。
そんな時に家庭的な場が提供する安心感は、とても大切な要素なのです。
余談になりますが、ずっと昔、さまざまな福祉関係の施設が「○○の家」と名付けられました。家のもつ家庭的な良さを名前に込めたのでしょう。しかし言葉の持つ恐ろしい作用があって、「家」と名前がついているから、ここは家庭的なのだという、都合のよい思い込み(言説)が生まれるのです。その結果、実際には管理的で、差別的な、そして職員が明らかに家族的ではない施設の人が「うちは○○の家といってとても家庭的な施設です」、というような本末転倒なことをいいだしたりしました。
そうしたことが大嫌いだったので、僕らは本当の「家(僕ら自身が住んでいる家ですから、間違いなく家です)」を使って、本当の「家庭(僕らは夫婦ですから、本当に家庭です。家庭的ではありません)」でみんなと過ごし、暮らす有り様を選んで、今日に至っています。
さて、そんなこんななので、家庭の安心感が必要な人たちには、きっと大切に使っていただけていると思っています。
また、こうした預かりの家が、見るからに変にお洒落な特別な感じの家だと、お子さんによっては、「ここはきっと歯医者に違いない」とか、「家を装っているけど、中には注射器を持った白衣の人が待ってるぞ」みたいな誤解をもちかねません。だから僕らは、看板も出さないようにしています。
大切なことの一つは、みんなのイメージの中にある、「普通の家」であることなのです。このことが、一般的な普通の家を沢山作っている、標準的で大量生産されているっぽい、大手ハウスメーカーを選んだ大きな理由です。デザイナーズな感じは、NGなのです。

それから「一緒に暮らそう」の家は、バリアフリーや、介護しやすい家づくりとは異なるベクトルの家づくりです。ところが、現在の家づくりの全体的な方向は、バリアフリーや介護や支援などの方に向かっています。僕は今回の、バリアフリーとは異なるベクトルの家づくりを、大手ハウスメーカーで試してみたかったのです。
そして小さなきっかけでしかないでしょうが、大手メーカーの建築士さんに、「一緒に暮らそう」の家づくりの設計を一緒にやってもらい、その視点を今後の設計に活かしてほしい。それには大手ハウスメーカーが一番効率的だと考えました。

ちなみに、設計は櫻井さんという一級建築士さんが担当してくれました。何度か家に来て、裕子さんや、他の利用者さんや、それから壁に空いた穴や、いろいろな様子を見ながら、設計を進めてくれました。
顔写真がないので、櫻井さんが撮ってくれた写真を公開。
地鎮祭の時の写真なのですが、あいかわらず裕子さんが・・・。

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現在、現場の方には、高橋さんという一級建築士さんが来てくれています。

このカテゴリーでは、いよいよ建築・設計の工夫を書いていきます。

2009年01月01日

明けましておめでとうございます

元旦の写真です。

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本年も、よろしくお願いします。
posted by 五十嵐正人 at 17:32| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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