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知的な障害があったり、身体の障害があったり、そんなみんなと一緒に過ごし、暮らしてきました。その我が家を建て替えることになって、いろいろ調べてみたら・・・!
「介護しやすい家」や、「支援のしやすい家」、そして「パリアフリーの家」ばかり。一緒に過ごしたり、一緒に暮らしたり、つまりは一緒に風呂に入って、一緒にご飯を食べて、一緒に眠って・・・、という家は、まるで想定されていないのです。
それなら、そんな家を建ててやれ、ということで我が家の建替えが始まりました。これは、その様子を同時進行でお見せするブログです。

家のコンセプトは、「介護でも支援でもなく、僕たち一緒に暮らそうの家」です。それはつまりありふれて、普通の、街にとけ込んだ一軒家。

障害を持つ人の暮らしを考えたときに、どうして普通の家は想定されていないんだろう。どうして普通の家族や同棲や「一緒に暮らそう」は想定されていないんだろう。
そんなことを考えながら、更新していきます。
どうぞお付き合いください。

2009年03月29日

最初のお客様 2009年3月27日

住人を別にして、この新築した家を最初にご利用下さったのは、写真正面の、ゆりさん。そして左のあすかさん。
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ご利用、ありがとうございます。

ところで自分の部屋があるのに、そこにはいないで台所を覗き込んでいる住人の森山裕子さん。
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その裕子さんを、裕子さんの部屋に入って見ている、ゆりさん。
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この家も今まで同様、みんなにとってワクワクする場でありますように。
みなさん、今後ともよろしくお願いします。
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2009年03月28日

見学会

写真を撮る暇がありませんでした。

3月25・26日の二日間、見学会をいたしました。次々と見学の方がいらっしゃって、ブログのための写真を撮り忘れてしまいました。
ゆっくりご案内することもできず、いらした方には申し訳ありませんでした。

みなさんに説明しながら、あらたな発見がありました。
ご利用下さる方たちから、そして知り合いの建築家の方たちから、それぞれアドバイスもいただきました。
いらっしゃったみなさん、
ありがとうございました。

見学会の写真ではないのですが、25日の朝撮った、記念写真を貼っておきます。
この家で「四人暮らし」です。
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ついでに表札を。背景に円相をあしらいました。文字は賑やかな感じで。色合いは和風。
デザインを楽しんでみました。
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posted by 五十嵐正人 at 03:21| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月22日

階段には踊り場

裕子さんもそうなのですが、歩く時に足元を見ようとしません。ですから時々階段を踏み外して落ちることがあります。道を歩いていても転ぶことがあります。
同じように足元を見ないで歩く人はけっこういると思うのですが、これがけっこう問題になることが多いのです。一般的なイメージとして、ちゃんと足元を見て危険を察知し、自分の向かう先をちゃんと見据えて進むことが良いとされています。
たとえば裕子さんは、足元を見ないからといって、前方の目標を見据えているわけでもないようです。向こうに目指すもの、缶コーヒーの自販機などを見つければそれを目標と見て突進していきますが、そこまでの道のりの安全のために目で見た情報が使われるわけではないのです。
ちょっと大袈裟にいうなら、歩くという足の働きと、目で見て安全を確保するという機能が連動していない感じなのです。
では、裕子さんはまったく安全を考えずに歩いているのかというと、そういうわけではありません。目で見るという「視覚」での安全確認ではなく、足での「触覚」での安全確認はそれなりにやっているのです。床にいろいろ置かれている場所では、摺り足に近い歩き方になったり・・・。
今の人間の社会においては、「触覚」よりも「視覚」が高級なイメージでとらえられています。「視覚」は目標設定とそれに向けての計画づくりという「知性的」な行為の基礎になるものですから。

ちゃんと福祉や教育などをやっている人からは大顰蹙を買うかもしれませんが、僕はその「視覚」優位の知性的な行為がすべてだとは思っていません。そして、とっても場当たり的で計画性に乏しい「触覚」優位の生き方も、けっこう良いものだと思っています。
考えてもみてください。僕らはどんなに頑張っても、完璧な目標設定や計画づくりなんて出来っこないのです。かならずナンパーセントかの間違いを目標や計画に孕んで、実行してしまっているのです。その誤りの蓄積が、人間が知性を働かせるようになってからずーーーーっと、世の中には堆積してしまっているのではないか・・・と。
その点、場当たり的な、「視覚」での安全にとらわれない裕子さん的な歩き方は、当人が転ぶことはあっても社会への過ちの蓄積はさせません。
「一緒に暮らそうの家」では、裕子さんたちの「触覚」優先、場当たり的な生き方を大切にして、共有しようと思っています。

と、前書きが長くなって下の写真です。
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階段の折り返しですが、いわゆる踊り場を設けました。ここも段にすれば、階段数を稼げるし、それによって一段ごとの高さがもう少し低く出来るのですが、フラットな踊り場を選択しました。
裕子さんの足の裏が覚えている階段のイメージは学校やデパートなどです。「折り返しはフラットな踊り場」に慣れているので、目で確認しない裕子さんはそこに段があると躓いてしまうのです。

前を見て、ちゃんと状況を把握して、というようなことを教えたいとは思いません。それよりも今まで通り、場当たり的な生き方を大切にしてほしい。そのために安全な家の作り方を考えました。
「視覚」に頼らずに足の裏の「触覚」で歩く裕子さん。実はそういう生き方なので、真っ暗な部屋でも迷い無く歩き回ることができるのです。ついつい「視覚」に頼ってしまいがちな僕らには、ありがたいパートナーなのです。

2009年03月21日

鍵を手にしました

本日(20日)、受け渡し。建物の鍵を手にしました。
記念に一枚。
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左が営業の細川さん。真ん中が工事現場の管理責任者をしてくれた高橋さんです。

まだ外回りは工事中ですが、あれこれ注文をつけながら設計に参加した家が、実際に出来上がったことが不思議な感じです。
鍵が手に入ったので、これから少しずつ引っ越しです。ご利用の方たちがいらっしゃるので、数日を休みにして一気に引っ越しというわけにはいきません。じわじわと2〜3週間かけて、と思っています。

そして、まだご紹介していない工夫どころを、どんどんアップしていきますね。
乞ご期待。

そうそう、個人的な好みでこだわったお隣の桜の借景。まだ蕾ですがこうして窓から手の届くところまで枝がきています。
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これも楽しみです。
posted by 五十嵐正人 at 00:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月17日

火事の時には、すぐベランダへ

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写真の正面と左の扉は、それぞれ生活ホームの二つの部屋への扉です。
万が一の火事の時には室内の階段からの外への避難だけではなく、このベランダにも避難できます。

最初の設計の時には、正面の扉はありませんでした。ベランダは洗濯物を干す場所くらいにしか考えていませんでした。
こんな感じです。
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しかし、設計の櫻井さんが消防署に行くなどして、生活ホームとしてより安全な配慮を考えてくれました。
その中には、このベランダから下に降りられる外階段をつけるアイデァもあったのですが、最終的にはそれはやめにしました。
たしかに火事の時にはその方が安全なのでしょうが、逆に外階段があることで不審者や泥棒の類が侵入しやすくなるリスクが生じます。その時にベランダから侵入した部屋が知的な障害を持つ人の暮らす部屋だという危険・・・。
どちらか一方の危険への対応を捨てるという選択はできず、折衷案のような感じになりました。
つまり火事の時、火元によってはすぐベランダへ。でも不審者が侵入しないように外階段は作らない。と、いうわけです。
幸いなことに、すぐ近くに消防署があります。
そしてなによりも、火事を出さないことが大切です。

2009年03月14日

1階のトイレ、2階のトイレ

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上の写真は2階のトイレ、下の写真は1階のトイレです。

どう違うのかというと、2階のトイレにはタンクの上の、手を洗う蛇口がありません。
2階のトイレは、いろいろとこだわりのある人が使うことが予想されます。
そんな中には「水」にこだわりを持つ人もいます。とはいってもこだわりの持ち方は人それぞれ。水が流れていると、とりあえず飲みたくなる人などには、あまり綺麗ではなさそうな水が流れる場面は減らした方がよいだろう、という考えです。
さらには、何度も何度も水を流していたいと思う人もいます。そんな時には、こだわりで自分自身を見失ってしまわないタイミングで、右のリモコンを外すことも考えています。右の洗浄や、流水のリモコンは取り外し可能なのです。

逆に1階のトイレは車椅子の人などが使うことが多くなります。
そこで、洗面所は下記の写真のように、洗面台の下が空いていて、少しでも車椅子のまま近づけるものを選びました。
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同様に、風呂の洗い場は十分に足を伸ばせるように、シャワーやカランがセットされている台の下が空いているものに。
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今まで暮らしていた家の風呂では、狭い思いをさせていました。
新しい家では、一緒にゆったり、
♪ババンババンバンバン・・・♪

2009年03月12日

エアコンがいっぱい

いらっしゃる方たちの中には、体温調整が上手くできない人もいます。
時には、「室温を○○度でお願いします」とピンポイントで希望する人もいるので、部屋ごとに室温を変えなければならないことも度々。
そこで冷房と暖房は各部屋に必要になります。
ところが、その一方で、扇風機が回っていても、普通に掴もうとする人や、ストーブがついていても触ってしまう人もいます。
そこで、みんなが集うリビングにはホットカーペット。そして四畳半の部屋も含めて各部屋に、エアコンが合計5台設置されました。

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電気代が怖いよー!

2009年03月09日

把手をつけ替える

裕子さんもそうなのですが、足元を見ないで歩く人がいます。それはけっして悪いことではなくて、一つの安全な歩き方の方法でもあります。しかし今の世の中は、足元を目で確認することで安全が計られるように作られているので、それには合わない場合が多いわけです。
そんなこんなで、裕子さんはときおり階段を落ちますし、転ぶこともあります。
ですから裕子さんに限らず、転びやすい人や、発作で倒れるかもしれない人の安全のために、何カ所かの把手を取り替えることになりました。
全く自由に建具等を選べるわけではなく、いくつかの選択肢の中から最善のものを選ぶのが、今回の建て方です。でも、選択した建具の把手を取り替えてもらったり、ということは工夫することができました。

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もともとの把手も多少は丸みを帯びているので、頭をぶつけても、そんなに危険な感じはしませんでした。でも、いちおう、下記の把手に替えてもらっています。
     ↓
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2009年03月08日

シナ合板という選択(2)

実際に貼ってもらって、問題が発生しました。
それなりに綺麗に貼られていたのですが、ところどころ板と板の間に隙間が・・・。微妙な隙間なのですが、爪を入れて剥がそうとすると爪が痛んでしまいます。
これについては、設計を一緒にしてくれた櫻井さんの頭の中にはイメージがあったと思います。シナ合板を貼るにあたって、どれだけピッタリと仕上げないと、この「一緒に暮らそうの家」の綺麗にはならないのか。
一般的な家ならオーケーな隙間や、バリアフリーの基準ならオーケーなことでも、ピンポイントでA君、Bさんに喜んでもらおうと思うと、そのハードルはずっと高くなります。
通常の申し送りで、あるいはより執拗に「シナ合板の隙間をピッタリに」と伝えたとしても、実際にA君やBさんの過ごす気配に接していなければ、伝わらないのでしょう。このことは企業の問題点ではなく、人間がどうしようもなく持っている「認識」の問題です。ですから、これを解決するには、申し送りされる人にも実際にA君Bさんの気配を感じてもらうしかないのです。
これは「知的障害の人が爪を入れて、云々」と説明しても、きっとダメなことなのでしょう。

そんなわけで、「一緒に暮らそうの家」にとっては危険な隙間がところどころにできてしまいました。このことを、現場を仕切ってくれている設計士の高橋さんに相談しました。
高橋さんは櫻井さんから申し送りされていたのでしょうが、A君Bさんの気配は知りません。ですから経験上常識的な丁寧な仕上がりをしてくれたのだと思います。
ですから、僕の方で伝えると、すぐに分かってくれました。
そこで、
・合板と合板の微妙な厚みの差をヤスリで削り、
・隙間を埋めて、
・さらに安全な塗装(木の感じが残る塗装)をして継ぎ目を、少しでも感じさせないようにしましょう。
とアイデァを出してくれました。
そこで、下記のように直されつつあります。

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爪が入る隙間がところどころあったのですが・・・
     ↓
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まだ塗装されてはいないのですが、ヤスリと隙間を埋める作業で、だいぶ目立たなくなりました。

今日は、さらに高橋さんと点検をしました。
すると、高橋さんの目から見て、まだ隙間埋めが甘いところがあるとのこと。
高橋さんに伝わったA君Bさんの気配が、大工さん一人ひとりには伝わっていないのでしょう。
でも、これは大切なことです。こうしたことをマニュアル化して伝えることよりも、いっけん非合理的であっても理解してもらいながら伝えていくことが本当なのだと思います。
一人ひとりをピンポイントで思いながら「一緒に暮らそうの家」をつくる以上、言葉の申し送りだけで伝わらなかったということは、喜ばしいことなのです。
そして時間はかかっても伝わった時にこうしてアイデァを出し合い、一緒に悩んでくれることの蓄積が、大切なことなのだろうと思います。

ヤスリかけには限界がありますが、あとはさらに隙間埋めをして塗装で仕上げることになりました。

完成が楽しみです。

2009年03月05日

シナ合板という選択(1)

設計の段階で、大きく頭を悩ませた問題の一つが、壁の表面です。
壁紙を貼るか、他の仕上げにするか。・・・
考えるポイントはいろいろです。

・発作で倒れた人が頭を打ったような時に、少しでも衝撃が少ない壁が良い。
・何かの拍子に壁を叩いたり、蹴ったりする人がいる。その時に壁が破損しないように。
・しかし、壁が破れなければ、叩いた手や足を怪我してしまうことはないだろうか。
・壁紙の場合、剥がしてしまう人がいる。
・剥がした壁紙を口に入れてしまう人がいるので、万が一そうしても危険のない素材にしたい。
・その他、あれこれ。

設計を担当してくれた櫻井さんに説明していると、頭の中では、「でもこれを実現するとこっちが駄目じゃん・・・」と、もう一人の自分が自分にツッコミを入れている始末。
バリアフリーなら制度的に選択の幅が狭まるのだろうけれど、そこは一人ひとりの顔を思い浮かべながらの設計を覚悟した家です。A君に合わせると、Bさんに危険、みたいな「矛盾の家」づくりの様相でした。

さて、どうしたもんだろう。

幸いだったのは、設計の何度かを我が家で行ったことです。おかげで、初期の設計段階から、櫻井設計士さんは「一緒に暮らそうの家」で暮らすことになる裕子さんと会うことができていました。ですから裕子さんに合わせて、いろいろなアイデァを出してくれました。
それと同時に、みんなと過ごしている中で出来た壁の穴や、剥がれた壁紙なども、一つひとつ目にして、壁のあり方を一緒に悩んでくれたのです。
その中で、一つの疑問が出てきました。「どの壁も同じように叩いたり、蹴られたりするのだろうか?」という疑問です。
そう思って考えてみると、すべての人や場合に共通ではないのですが、「木」だとわかるものについては、あまり叩いたり、蹴られたりはしていない、ということです。もちろんこれは、すべての場に当てはまるものではないでしょう。あくまでも、僕らの家の場合は、ということです。
今まで何軒か、この仕事のために家を移ってきました。その頃の記憶を思い出してみても、壁紙の貼ってある壁はよく穴が開いていましたが、「木」だとわかる壁については、薄いものでもあまり穴が開いていなかったように思えました。
そこで出てきたアイデァの一つが、木目調の壁紙を貼るという方法です。しかし、このアイデァは、すぐにボツになりました。
次の写真を見てください。これは、蹴って穴があいた家具です。
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この素材は「木」なのですが、表面は木目調のシールのようなもので加工されていました。
つまり、こういうことです。少しばかり大胆に、ざっくりとした仮設をたてていくと、A君は「木」だとわかるものは叩かない。でも木目調の壁は叩く、ということになります。このことから、「木目調」が「木目」ではないことを、A君はしっかりと(おそらく僕などよりもずっと)分かっていると考えられます。
「木目調」の「調」、つまりフェイクが成り立つ根拠はどこにあるのか?
モノマネ芸人を考えてみましょう。コロッケという芸人が、美川憲一のモノマネをしている時、僕らがそれを見て似ていると思うのは、コロッケの側の技術によるところが大です。しかし、同時に、僕らの方がそれを美川憲一だと見るように心を動かしている部分があるはずです。コロッケと僕ら観客の間には、「こうやって口元を歪めたら美川憲一」とか「この手の動きをしたら五木ひろし」とかという、共通の記号が存在していると思うのです。
そして「木目」です。「木目調」のシールを開発する人と僕らの間には、暗黙に「この色で、年輪っぽくなっていれば木目」というような約束の記号が共有されているのでしょう。作り手は「木目に見せよう」とし、僕らはそれを「木目に見ようとする」。その両者の努力で「木目調」は成立していると考えられます。
ところがA君との間には、その約束が共有されているとは限りません。それが共有されていなければ、「木目調」を「木目」と感ずることはなく、さらにいうなら「木目調」という認識もなく、ただのシールとしか感じないかもしれません。
このことから櫻井さんが出したアイデァが、A君たちがたくさん触れる箇所の壁は、壁紙で考えるのではなく、シナ合板を貼ってしまおうという作戦でした。

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これがシナ合板です。
子供の頃、版画で使った人が多いのではないでしょうか? 終業式が終わった下校途中で、男の子たちが空手ゴッコをしながら割った、あの合板です。
子供の力で割れる程度なので、柔らかいです。でも壁の上に貼るわけなので、思いっきり叩くと、手を怪我する可能性はあるでしょう。しかし、A君たちが少しでも叩くことや蹴ることを躊躇してくれれば成功です。
はたして、これが思惑通りの効果をもたらしてくれるかどうか、それは実際にみんなが来てくれるようになるまでわかりません。

デメリットとしては、燃えにくさを考えて作られた家なのに、その内壁に「木」を貼るという矛盾があります。でも、作られた家の耐火性能をそのまま維持するためには、一切の荷物を置かない生活をするしかありません。家具を入れたり、本を買ったりした段階で、つまり生活することによって耐火性能は落ちていくと考えられます。ですから、シナ合板という素材も、そんな生活の一部と考えることにしました。
また、合板同士の継ぎ目が目立つと、人によってはそこに爪を入れて剥がそうとする危険も想定されます。下手をすると爪が剥がれてしまうかも・・・。
これについては、櫻井さんからバトンタッチして工事着工後に現場を担当してくれる高橋設計士さんに引き継いでもらうことにしました。

「継ぎ目が目立たないように」

さて数日前から、シナ合板が貼られはじめました。
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ところが、これが一筋縄ではいかず・・・。続きは、後日!

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