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知的な障害があったり、身体の障害があったり、そんなみんなと一緒に過ごし、暮らしてきました。その我が家を建て替えることになって、いろいろ調べてみたら・・・!
「介護しやすい家」や、「支援のしやすい家」、そして「パリアフリーの家」ばかり。一緒に過ごしたり、一緒に暮らしたり、つまりは一緒に風呂に入って、一緒にご飯を食べて、一緒に眠って・・・、という家は、まるで想定されていないのです。
それなら、そんな家を建ててやれ、ということで我が家の建替えが始まりました。これは、その様子を同時進行でお見せするブログです。

家のコンセプトは、「介護でも支援でもなく、僕たち一緒に暮らそうの家」です。それはつまりありふれて、普通の、街にとけ込んだ一軒家。

障害を持つ人の暮らしを考えたときに、どうして普通の家は想定されていないんだろう。どうして普通の家族や同棲や「一緒に暮らそう」は想定されていないんだろう。
そんなことを考えながら、更新していきます。
どうぞお付き合いください。

2009年01月17日

阪神淡路大震災の1月17日

阪神淡路大震災から14年。
昨年9月のことですが、五十嵐が参加している「選べる福祉ネットワーク」の研修で、兵庫にいきました。研修は一泊で、重度心身障害の人たちが、さまざまな形で街暮らしをしている実践から学ぶことが目的でした。これはとても勉強になりました。しかしこのブログでは、次の日の個人的な研修の方を書きます。
みんなは一泊で千葉に帰ったのですが、僕はちょうどこの家の設計をしていた頃でもあったので、もう一泊、阪神淡路大震災関係の施設を回ってきました。
この家で一緒に暮らす人たちや、来てくれる人たちの中には、身体や知的やさまざまな障害を持つ人がいます。そうした人たちにとって、震災はどのようなものであるのか・・・。少しでも知っておこうと考えたのです。

最初に行ったのは、「阪神淡路大震災記念 人と防災未来センター」(神戸市中央区)です。写真がないので、関心のある方はどうぞ下記のURLでご覧ください。
http://www.dri.ne.jp/index.html
「震災追体験フロア」の映画とジオラマには身体が震えました。僕の大切な一人ひとり、車椅子を使っていたり、寝たきりだったり、環境の変化に対応することが難しかったり、薬が無くなると命に関わるような発作が起きたり、そうした一人ひとりを思い浮かべながらの震災追体験でした。
被災した人たちの記録を残した「震災の記憶フロア」も重い展示スペースでした。

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次ぎに行ったのは、震災時の護岸の状況を保存(写真)してある「神戸港震災メモリアルパーク」(神戸市中央区)です。URLは下記で。
http://feel-kobe.jp/asobo/harbor3.html
現在の街の様子を背景にしてみて、復興の力強さを感じました。

午後には淡路島に渡りました。「北淡震災記念公園」を見学するためです。ここには震災でできた断層や、被災した住宅が保存されています。
それらを見ることができる「野島断層保存館」の入り口エントランスで、まず目に入るのが写真のジオラマです。
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そして次の写真が、地震で発生した断層の一部です。
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さらに進んで戸外に出ると、被災した家を保存したメモリアルハウスが。
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断層の上にあったために亀裂が入った、写真の塀の向こう側がメモリアルハウスです。
「広島の原爆ドーム」を見た時にも感じたのですが、こうして保存するということは、本当に大切なことですね。しかし同時に被災した人たちにとってはたまらなくつらい記憶なのだろうとも思います。無理のない範囲で、ということになりますが・・・。そう考えるとかえすがえす残念なのは、長崎の被爆状況や東京大空襲、関東大震災などの保存を、ある程度広域でしておくべきだったのだろうと思います。
「北淡震災記念公園」のURLは下記です。
http://www.nojima-danso.co.jp/index.php

淡路に一泊して、最後の日は神戸大学付属図書館にいきました。ここの「震災文庫」には、さまざまな資料が保存されていました。障害を持つ人たちの震災後の様子のわかる資料などもありました。
http://www.lib.kobe-u.ac.jp/eqb/

いろいろ考えさせられた研修でした。
「一緒に暮らそうの家づくり」での耐震の工夫については、次の記事で。
posted by 五十嵐正人 at 15:57| Comment(2) | TrackBack(2) | 周辺(関わりのあるあれこれです) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
雲仙・普賢岳の噴火もそうですが、絶対に風化させてはいけませんよね!!
私は朝5;46、黙祷しました!!
Posted by たかびごん at 2009年01月18日 01:11
たかびごん様
そうですね。
一人ひとりが自分自身の中で、しっかりと受けとめ続けていることが大切なのでしょう。
Posted by 五十嵐正人 at 2009年01月18日 23:47
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阪神淡路大震災から14年
Excerpt: 1995年 1月17日 阪神淡路大震災から14年 犠牲者のご冥福をお祈りいたします 合掌
Weblog: 太田焼きそばマンブログ
Tracked: 2009-01-17 17:34

阪神・淡路大震災 あの時から14年が経った(1)
Excerpt: 最初に言っておくが私は被災者ではない。地震発生3日後にボランティアとして現地へ乗り込んで行った際のことを思い出すままに記載したい。 当時被災状況というのは何も分からず、ボランティアへ行くにもどうやっ..
Weblog: Crossover
Tracked: 2009-01-18 05:13
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