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知的な障害があったり、身体の障害があったり、そんなみんなと一緒に過ごし、暮らしてきました。その我が家を建て替えることになって、いろいろ調べてみたら・・・!
「介護しやすい家」や、「支援のしやすい家」、そして「パリアフリーの家」ばかり。一緒に過ごしたり、一緒に暮らしたり、つまりは一緒に風呂に入って、一緒にご飯を食べて、一緒に眠って・・・、という家は、まるで想定されていないのです。
それなら、そんな家を建ててやれ、ということで我が家の建替えが始まりました。これは、その様子を同時進行でお見せするブログです。

家のコンセプトは、「介護でも支援でもなく、僕たち一緒に暮らそうの家」です。それはつまりありふれて、普通の、街にとけ込んだ一軒家。

障害を持つ人の暮らしを考えたときに、どうして普通の家は想定されていないんだろう。どうして普通の家族や同棲や「一緒に暮らそう」は想定されていないんだろう。
そんなことを考えながら、更新していきます。
どうぞお付き合いください。

2009年03月22日

階段には踊り場

裕子さんもそうなのですが、歩く時に足元を見ようとしません。ですから時々階段を踏み外して落ちることがあります。道を歩いていても転ぶことがあります。
同じように足元を見ないで歩く人はけっこういると思うのですが、これがけっこう問題になることが多いのです。一般的なイメージとして、ちゃんと足元を見て危険を察知し、自分の向かう先をちゃんと見据えて進むことが良いとされています。
たとえば裕子さんは、足元を見ないからといって、前方の目標を見据えているわけでもないようです。向こうに目指すもの、缶コーヒーの自販機などを見つければそれを目標と見て突進していきますが、そこまでの道のりの安全のために目で見た情報が使われるわけではないのです。
ちょっと大袈裟にいうなら、歩くという足の働きと、目で見て安全を確保するという機能が連動していない感じなのです。
では、裕子さんはまったく安全を考えずに歩いているのかというと、そういうわけではありません。目で見るという「視覚」での安全確認ではなく、足での「触覚」での安全確認はそれなりにやっているのです。床にいろいろ置かれている場所では、摺り足に近い歩き方になったり・・・。
今の人間の社会においては、「触覚」よりも「視覚」が高級なイメージでとらえられています。「視覚」は目標設定とそれに向けての計画づくりという「知性的」な行為の基礎になるものですから。

ちゃんと福祉や教育などをやっている人からは大顰蹙を買うかもしれませんが、僕はその「視覚」優位の知性的な行為がすべてだとは思っていません。そして、とっても場当たり的で計画性に乏しい「触覚」優位の生き方も、けっこう良いものだと思っています。
考えてもみてください。僕らはどんなに頑張っても、完璧な目標設定や計画づくりなんて出来っこないのです。かならずナンパーセントかの間違いを目標や計画に孕んで、実行してしまっているのです。その誤りの蓄積が、人間が知性を働かせるようになってからずーーーーっと、世の中には堆積してしまっているのではないか・・・と。
その点、場当たり的な、「視覚」での安全にとらわれない裕子さん的な歩き方は、当人が転ぶことはあっても社会への過ちの蓄積はさせません。
「一緒に暮らそうの家」では、裕子さんたちの「触覚」優先、場当たり的な生き方を大切にして、共有しようと思っています。

と、前書きが長くなって下の写真です。
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階段の折り返しですが、いわゆる踊り場を設けました。ここも段にすれば、階段数を稼げるし、それによって一段ごとの高さがもう少し低く出来るのですが、フラットな踊り場を選択しました。
裕子さんの足の裏が覚えている階段のイメージは学校やデパートなどです。「折り返しはフラットな踊り場」に慣れているので、目で確認しない裕子さんはそこに段があると躓いてしまうのです。

前を見て、ちゃんと状況を把握して、というようなことを教えたいとは思いません。それよりも今まで通り、場当たり的な生き方を大切にしてほしい。そのために安全な家の作り方を考えました。
「視覚」に頼らずに足の裏の「触覚」で歩く裕子さん。実はそういう生き方なので、真っ暗な部屋でも迷い無く歩き回ることができるのです。ついつい「視覚」に頼ってしまいがちな僕らには、ありがたいパートナーなのです。

2009年03月17日

火事の時には、すぐベランダへ

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写真の正面と左の扉は、それぞれ生活ホームの二つの部屋への扉です。
万が一の火事の時には室内の階段からの外への避難だけではなく、このベランダにも避難できます。

最初の設計の時には、正面の扉はありませんでした。ベランダは洗濯物を干す場所くらいにしか考えていませんでした。
こんな感じです。
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しかし、設計の櫻井さんが消防署に行くなどして、生活ホームとしてより安全な配慮を考えてくれました。
その中には、このベランダから下に降りられる外階段をつけるアイデァもあったのですが、最終的にはそれはやめにしました。
たしかに火事の時にはその方が安全なのでしょうが、逆に外階段があることで不審者や泥棒の類が侵入しやすくなるリスクが生じます。その時にベランダから侵入した部屋が知的な障害を持つ人の暮らす部屋だという危険・・・。
どちらか一方の危険への対応を捨てるという選択はできず、折衷案のような感じになりました。
つまり火事の時、火元によってはすぐベランダへ。でも不審者が侵入しないように外階段は作らない。と、いうわけです。
幸いなことに、すぐ近くに消防署があります。
そしてなによりも、火事を出さないことが大切です。

2009年03月14日

1階のトイレ、2階のトイレ

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上の写真は2階のトイレ、下の写真は1階のトイレです。

どう違うのかというと、2階のトイレにはタンクの上の、手を洗う蛇口がありません。
2階のトイレは、いろいろとこだわりのある人が使うことが予想されます。
そんな中には「水」にこだわりを持つ人もいます。とはいってもこだわりの持ち方は人それぞれ。水が流れていると、とりあえず飲みたくなる人などには、あまり綺麗ではなさそうな水が流れる場面は減らした方がよいだろう、という考えです。
さらには、何度も何度も水を流していたいと思う人もいます。そんな時には、こだわりで自分自身を見失ってしまわないタイミングで、右のリモコンを外すことも考えています。右の洗浄や、流水のリモコンは取り外し可能なのです。

逆に1階のトイレは車椅子の人などが使うことが多くなります。
そこで、洗面所は下記の写真のように、洗面台の下が空いていて、少しでも車椅子のまま近づけるものを選びました。
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同様に、風呂の洗い場は十分に足を伸ばせるように、シャワーやカランがセットされている台の下が空いているものに。
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今まで暮らしていた家の風呂では、狭い思いをさせていました。
新しい家では、一緒にゆったり、
♪ババンババンバンバン・・・♪

2009年03月12日

エアコンがいっぱい

いらっしゃる方たちの中には、体温調整が上手くできない人もいます。
時には、「室温を○○度でお願いします」とピンポイントで希望する人もいるので、部屋ごとに室温を変えなければならないことも度々。
そこで冷房と暖房は各部屋に必要になります。
ところが、その一方で、扇風機が回っていても、普通に掴もうとする人や、ストーブがついていても触ってしまう人もいます。
そこで、みんなが集うリビングにはホットカーペット。そして四畳半の部屋も含めて各部屋に、エアコンが合計5台設置されました。

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電気代が怖いよー!

2009年03月09日

把手をつけ替える

裕子さんもそうなのですが、足元を見ないで歩く人がいます。それはけっして悪いことではなくて、一つの安全な歩き方の方法でもあります。しかし今の世の中は、足元を目で確認することで安全が計られるように作られているので、それには合わない場合が多いわけです。
そんなこんなで、裕子さんはときおり階段を落ちますし、転ぶこともあります。
ですから裕子さんに限らず、転びやすい人や、発作で倒れるかもしれない人の安全のために、何カ所かの把手を取り替えることになりました。
全く自由に建具等を選べるわけではなく、いくつかの選択肢の中から最善のものを選ぶのが、今回の建て方です。でも、選択した建具の把手を取り替えてもらったり、ということは工夫することができました。

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もともとの把手も多少は丸みを帯びているので、頭をぶつけても、そんなに危険な感じはしませんでした。でも、いちおう、下記の把手に替えてもらっています。
     ↓
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2009年03月08日

シナ合板という選択(2)

実際に貼ってもらって、問題が発生しました。
それなりに綺麗に貼られていたのですが、ところどころ板と板の間に隙間が・・・。微妙な隙間なのですが、爪を入れて剥がそうとすると爪が痛んでしまいます。
これについては、設計を一緒にしてくれた櫻井さんの頭の中にはイメージがあったと思います。シナ合板を貼るにあたって、どれだけピッタリと仕上げないと、この「一緒に暮らそうの家」の綺麗にはならないのか。
一般的な家ならオーケーな隙間や、バリアフリーの基準ならオーケーなことでも、ピンポイントでA君、Bさんに喜んでもらおうと思うと、そのハードルはずっと高くなります。
通常の申し送りで、あるいはより執拗に「シナ合板の隙間をピッタリに」と伝えたとしても、実際にA君やBさんの過ごす気配に接していなければ、伝わらないのでしょう。このことは企業の問題点ではなく、人間がどうしようもなく持っている「認識」の問題です。ですから、これを解決するには、申し送りされる人にも実際にA君Bさんの気配を感じてもらうしかないのです。
これは「知的障害の人が爪を入れて、云々」と説明しても、きっとダメなことなのでしょう。

そんなわけで、「一緒に暮らそうの家」にとっては危険な隙間がところどころにできてしまいました。このことを、現場を仕切ってくれている設計士の高橋さんに相談しました。
高橋さんは櫻井さんから申し送りされていたのでしょうが、A君Bさんの気配は知りません。ですから経験上常識的な丁寧な仕上がりをしてくれたのだと思います。
ですから、僕の方で伝えると、すぐに分かってくれました。
そこで、
・合板と合板の微妙な厚みの差をヤスリで削り、
・隙間を埋めて、
・さらに安全な塗装(木の感じが残る塗装)をして継ぎ目を、少しでも感じさせないようにしましょう。
とアイデァを出してくれました。
そこで、下記のように直されつつあります。

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爪が入る隙間がところどころあったのですが・・・
     ↓
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まだ塗装されてはいないのですが、ヤスリと隙間を埋める作業で、だいぶ目立たなくなりました。

今日は、さらに高橋さんと点検をしました。
すると、高橋さんの目から見て、まだ隙間埋めが甘いところがあるとのこと。
高橋さんに伝わったA君Bさんの気配が、大工さん一人ひとりには伝わっていないのでしょう。
でも、これは大切なことです。こうしたことをマニュアル化して伝えることよりも、いっけん非合理的であっても理解してもらいながら伝えていくことが本当なのだと思います。
一人ひとりをピンポイントで思いながら「一緒に暮らそうの家」をつくる以上、言葉の申し送りだけで伝わらなかったということは、喜ばしいことなのです。
そして時間はかかっても伝わった時にこうしてアイデァを出し合い、一緒に悩んでくれることの蓄積が、大切なことなのだろうと思います。

ヤスリかけには限界がありますが、あとはさらに隙間埋めをして塗装で仕上げることになりました。

完成が楽しみです。

2009年03月05日

シナ合板という選択(1)

設計の段階で、大きく頭を悩ませた問題の一つが、壁の表面です。
壁紙を貼るか、他の仕上げにするか。・・・
考えるポイントはいろいろです。

・発作で倒れた人が頭を打ったような時に、少しでも衝撃が少ない壁が良い。
・何かの拍子に壁を叩いたり、蹴ったりする人がいる。その時に壁が破損しないように。
・しかし、壁が破れなければ、叩いた手や足を怪我してしまうことはないだろうか。
・壁紙の場合、剥がしてしまう人がいる。
・剥がした壁紙を口に入れてしまう人がいるので、万が一そうしても危険のない素材にしたい。
・その他、あれこれ。

設計を担当してくれた櫻井さんに説明していると、頭の中では、「でもこれを実現するとこっちが駄目じゃん・・・」と、もう一人の自分が自分にツッコミを入れている始末。
バリアフリーなら制度的に選択の幅が狭まるのだろうけれど、そこは一人ひとりの顔を思い浮かべながらの設計を覚悟した家です。A君に合わせると、Bさんに危険、みたいな「矛盾の家」づくりの様相でした。

さて、どうしたもんだろう。

幸いだったのは、設計の何度かを我が家で行ったことです。おかげで、初期の設計段階から、櫻井設計士さんは「一緒に暮らそうの家」で暮らすことになる裕子さんと会うことができていました。ですから裕子さんに合わせて、いろいろなアイデァを出してくれました。
それと同時に、みんなと過ごしている中で出来た壁の穴や、剥がれた壁紙なども、一つひとつ目にして、壁のあり方を一緒に悩んでくれたのです。
その中で、一つの疑問が出てきました。「どの壁も同じように叩いたり、蹴られたりするのだろうか?」という疑問です。
そう思って考えてみると、すべての人や場合に共通ではないのですが、「木」だとわかるものについては、あまり叩いたり、蹴られたりはしていない、ということです。もちろんこれは、すべての場に当てはまるものではないでしょう。あくまでも、僕らの家の場合は、ということです。
今まで何軒か、この仕事のために家を移ってきました。その頃の記憶を思い出してみても、壁紙の貼ってある壁はよく穴が開いていましたが、「木」だとわかる壁については、薄いものでもあまり穴が開いていなかったように思えました。
そこで出てきたアイデァの一つが、木目調の壁紙を貼るという方法です。しかし、このアイデァは、すぐにボツになりました。
次の写真を見てください。これは、蹴って穴があいた家具です。
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この素材は「木」なのですが、表面は木目調のシールのようなもので加工されていました。
つまり、こういうことです。少しばかり大胆に、ざっくりとした仮設をたてていくと、A君は「木」だとわかるものは叩かない。でも木目調の壁は叩く、ということになります。このことから、「木目調」が「木目」ではないことを、A君はしっかりと(おそらく僕などよりもずっと)分かっていると考えられます。
「木目調」の「調」、つまりフェイクが成り立つ根拠はどこにあるのか?
モノマネ芸人を考えてみましょう。コロッケという芸人が、美川憲一のモノマネをしている時、僕らがそれを見て似ていると思うのは、コロッケの側の技術によるところが大です。しかし、同時に、僕らの方がそれを美川憲一だと見るように心を動かしている部分があるはずです。コロッケと僕ら観客の間には、「こうやって口元を歪めたら美川憲一」とか「この手の動きをしたら五木ひろし」とかという、共通の記号が存在していると思うのです。
そして「木目」です。「木目調」のシールを開発する人と僕らの間には、暗黙に「この色で、年輪っぽくなっていれば木目」というような約束の記号が共有されているのでしょう。作り手は「木目に見せよう」とし、僕らはそれを「木目に見ようとする」。その両者の努力で「木目調」は成立していると考えられます。
ところがA君との間には、その約束が共有されているとは限りません。それが共有されていなければ、「木目調」を「木目」と感ずることはなく、さらにいうなら「木目調」という認識もなく、ただのシールとしか感じないかもしれません。
このことから櫻井さんが出したアイデァが、A君たちがたくさん触れる箇所の壁は、壁紙で考えるのではなく、シナ合板を貼ってしまおうという作戦でした。

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これがシナ合板です。
子供の頃、版画で使った人が多いのではないでしょうか? 終業式が終わった下校途中で、男の子たちが空手ゴッコをしながら割った、あの合板です。
子供の力で割れる程度なので、柔らかいです。でも壁の上に貼るわけなので、思いっきり叩くと、手を怪我する可能性はあるでしょう。しかし、A君たちが少しでも叩くことや蹴ることを躊躇してくれれば成功です。
はたして、これが思惑通りの効果をもたらしてくれるかどうか、それは実際にみんなが来てくれるようになるまでわかりません。

デメリットとしては、燃えにくさを考えて作られた家なのに、その内壁に「木」を貼るという矛盾があります。でも、作られた家の耐火性能をそのまま維持するためには、一切の荷物を置かない生活をするしかありません。家具を入れたり、本を買ったりした段階で、つまり生活することによって耐火性能は落ちていくと考えられます。ですから、シナ合板という素材も、そんな生活の一部と考えることにしました。
また、合板同士の継ぎ目が目立つと、人によってはそこに爪を入れて剥がそうとする危険も想定されます。下手をすると爪が剥がれてしまうかも・・・。
これについては、櫻井さんからバトンタッチして工事着工後に現場を担当してくれる高橋設計士さんに引き継いでもらうことにしました。

「継ぎ目が目立たないように」

さて数日前から、シナ合板が貼られはじめました。
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ところが、これが一筋縄ではいかず・・・。続きは、後日!

2009年02月07日

インテリアについて

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去年の5月の写真です。柏にある住友林業のショールームでインテリアの打ち合わせをしているところです。左の男性が全体の設計を担当してくれた櫻井さん。真ん中の女性がインテリアを担当してくれました。
照明に、壁紙、カーテン、などなど、インテリアは家づくりの楽しみの一つ・・・、なのですが。
まず照明については、天井に埋め込んであるダウンライトや、蛍光灯の姿が直接見えないものなどから選ぶ、ちょっと選び甲斐のない作業になりました。
時々ですが、何の拍子か、蛍光灯や電球を割ってしまう人がいます。そうしたことを少なくして、割れた電球で怪我をすることが無いようにと、「気にならない照明」というのが選択の狙いになりました。
また、リビング等の照明壁スイッチは、櫻井さんのアイデァで「取ったらリモコン」なるスイッチに。通常は壁についているのですが、外して持ち歩けるのです。
なぜそんなリモコンが必要かというと・・・。

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これは裕子さんの手です。電気がついていると消したくなって、消えているとつけたくなる裕子さん。時には一日に何回もこうしてつけたり消したり忙しくやっています。
裕子さんなりには一所懸命なので、あまり「ダメダヨー」と言うわけにもいかず、言ったところで知らんぷりで、つけたり消したり・・・。
そんなこんなで、つけたり消したりにこだわる時には「取ったらリモコン」でスイッチそのものを外してしまおうという作戦です。

裕子さん、怒らないでね。

そして裕子さんに怒られそうなのが、もう一つ。カーテンです。
これもまた、閉まっていれば開けたくなり、開いていれば閉めたくなる裕子さん。何度も何度も開けたり閉めたりするので、いろいろなところのカーテンを外したり、破いたりしてきました。そんなわけで、裕子さんが行きそうな部屋はカーテン無しに。
で、一部の窓は、カーテンが無くても外からの視線が気にならないように、写真のガラスになりました。

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インテリア担当のデザイナーさんには、とってもやり甲斐のない打ち合わせを経て、照明やカーテンが決まっていきました。

壁紙については、また別の工夫があるので、いずれあらためて。

2009年01月22日

凸の角が少ない部屋

前回の記事「地震に備えてみる」
http://issyoni-kurasou.seesaa.net/article/112854793.html
で書いた、凸の角について。分かりにくかったかな、と思うので設計段階での写真をアップします。

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このあと若干の変更があったので、実際の家は少し異なっています。
写真は二階部分で、真ん中がみんなの過ごす時間が多くなるだろうリビング。そして左の二つが生活ホームの二人の部屋です。
建築士さんには、凸の角が無い部屋という注文を出しました。これは、「地震に備えてみる」の記事で書いたように、身体障害を持つ人などが大きな揺れに身体を持っていかれた時の危険を、少しでも回避しようという狙いからです。
そしてもう一つ、発作で倒れることがある人が、少しでも怪我をしないですむようにという願いもあってのことです。

今でも多少、そういう傾向はあるようですが、僕らが「ばおばぶ」を始めた頃の日本の社会福祉は、さまざまな場面で、重症心身障害者や、他害といわれる行為がある障害者、そして発作がある障害者を敬遠する性質を持っていました。もちろん、そうした人たちに対しても、しっかりと門戸を開く施設などもありましたが、そうでない所もあったために、「緊急一次保護」や「ショートスティ」を断られる人たちがいたのです。
そうした人たちが頻繁に「ばおばぶ」をご利用下さいました。
今でも、発作で倒れることのある人たちが来てくれます。そうした人が発作で倒れた時に、少しでも怪我をしないように、これまでの古い家でもいろいろ工夫をしてきました。
窓に頭をぶつけないように、窓の手前に布団を積むようにして距離をとったり。基本的に家具を置かないようにして、置く場合にも角が丸い家具や、プラスチックっぽいケースにしたり・・・。これまではずっと賃貸か、中古物件の購入だったので、こうした工夫が精一杯でした。
しかし、今回は設計からできるわけです。そんなこんなで、ここぞとばかりに凸角のない部屋をめざしました。
建築の雑誌を見たり、住宅展示場にいったりすると、この点では、世の中の家づくりの傾向と真逆であることがわかります。このことに限らず、いくつかの工夫は、最新の家づくりのモデルから、さまざまな機能やお洒落を取り除いていく努力でもありました。

地震と、発作で倒れる人への思いとしては、他に、窓に飛散防止シートを貼るという考えがあります。これは家が完成してから自分でやろうと思っているのですが、うまくいくかどうか・・・。これまでの家にも貼ってきたのですが、どんなに上手く貼ったつもりでも、違和感を感じる人はいるのです。長い時間をかけて、少しずつ少しずつ剥がしていきます。ある程度剥がれると、他にもそれが気になる人が出てきて・・・。あとは競い合うように剥がされていきます。
それなら、絶対に割れないような強化ガラスにすれば、という声もあるのですが、その場合には発作で倒れて頭を打った場合に、頭へのダメージが大きくなりすぎはしないか、という不安があります。
また、なにかの拍子に、ガラスを割ろうとする人もいます。その時に割れない方が安全なのか、割れた方が安全なのか、判断が難しい場合があります。割れなければ、叩いた手を破片で切ることはないでしょう。しかし、割れなければ、手や指の方を骨折するようなことも考えられます。
・・・と、いうわけでいろいろ考えた結果、強化ガラスの一歩手前くらいの強度のガラスに、飛散防止シートを貼るという選択に落ち着いたのです。

どうか、誰も剥がしませんように。

2009年01月19日

地震に備えてみる

僕らの大切な人たちの中には、知的な障害や、身体の障害を持つ人たちが大勢います。その人たちがやってくる家なので、災害への備えも大切なポイントでした。
その中で地震への備えとしては、地盤の調査からはじまりました。
一部基礎を深くしてもらったり
http://issyoni-kurasou.seesaa.net/article/110544684.html
基礎の鉄筋の間隔を狭くしたり
http://issyoni-kurasou.seesaa.net/article/110664511.html
それぞれどれくらいの効果があるのかは、僕にはわかりません。おそらく正確なところは、実際に地震がおきてみないと誰にも分からないのでしょう。ですから財政的問題を考えるとやれることは限られてしまうのですが、その範囲内でやれるだけのことはやってみました。

建物の設計においてベースになったのは、住友林業の「マイフォレスト」というコンセプトです。

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家の壁全体に張られている「クロスパネル」。これは筋交いにかわるもので、より大きい加重に耐えられるそうです。

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さまざまな構造金物が使われていますが、写真は柱の上下につけられる「ホールダウン金物」。地震の上下の揺れに対応するようです。

他にも、丈夫な床材が建物の変形を抑える役割をしていたり、内側の壁には「クロスパネル」とはまた異なる壁が用意されていたり。さまざまな耐震の工夫が「マイフォレスト」には標準整備(?)されています。

こうした住友林業が提供する耐震の工夫以外に、設計段階でもいろいろ考えました。
たとえば、ある理由から(これはいずれ別の記事で)ほとんどの部屋の床面を長方形にしました。
設計の最初の段階で、どんな家にしようかと住宅展示場を回ったのですが、多くの家がとってもお洒落に作られていました。特にリビングなどは、家具を一切入れていなくても凸面の角、角、角。特に車椅子使用者でなくても、大きな地震になれば倒れたり、揺れに身体を持って行かれる人は大勢います。
こんな家は、僕らにはあまりにも危険だ、と考えて、凸面の角ができるだけ無い家を設計の大切なコンセプトにしたのです。

また、本棚などから物が飛び交う危険があるので、特に生活ホームの弓子さんと裕子さんの部屋には収納をしっかりとりました。そのぶん部屋が少し狭くなるのですが・・・。
何かを得ようとすると、何かを失うので、いろいろ難しい選択がありました。

やはり地震や火災への心配から、基本的にキッチンはIHです。でも、オール電化にはしませんでした。万が一大地震が起きて電気が止まった場合、季節によっては大きく健康を損なう可能性のある人が、「一緒に暮らそうの家」には来ることがあります。そんな時のことを考えると、もしかしたら電気よりも早く復旧するかもしれないガスを外すことはできませんでした。
そんなわけで、ガスも使います。火災だけのことを考えたら、オール電化の方が正解なのかもしれませんが・・・。
やっぱり、何かを得ようとすると、何かを失う。「一緒に暮らそうの家」の設計では、そんなことがたくさんありました。

とにかく地震については、地盤や建物が対応できることはもちろん、大震災で被災した場合のことまで考えながらの設計になりました。
前の記事で書いた阪神・淡路の研修が本当に参考になりました。

大地震が起きた時、近くの避難所に行くことはできますが、身体障害の人には必ずしも対応していないかもしれないし、知的障害の人の中には避難所で過ごすことが難しい人もいるでしょう。実際には、家が倒壊していなければ、比較的早い時期に戻ることになるだろう「一緒に暮らそうの家」です。実はガレージの天井も高く設計しました。今までの家では所有している二台の車のうち、背の高いエスティマは入りづらかったのです。でも今度はエスティマが入ります。これ、実はハイブリッドなのです。エンジンをかけていれば、家庭用電源を車内で使用できます。
僕たちのところには、生きていくためにある種の電気機器を持ってくる人もいるのです。

2009年01月11日

家づくりのパートナー探し

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骨組みの柱です。
ご覧の通り、「一緒に暮らそう」の家づくりは、住友林業さんをパートナーにはじまりました。
なぜ、大手のハウスメーカーにお願いしたのか? これが意外だという人がけっこういました。僕らの暮らしぶりが、とても個性的に見えているのでしょうか。「独創的なこだわりの家を建てると思っていた」というような声をききます。
もちろん、とってもこだわった家ができる予定です。しかし、大切なのは、そのこだわりが見えてはいけないということです。
「一緒に暮らそう」の家は、何よりも街にとけ込んでいることが大切です。そして、みんなにとって、普通の家であることが大切なのです。
僕らの仕事である「ばおばぶ」は、障害のある人たちが、さまざまな事情によってくる場所です。時には、突然お母さんが倒れて、特別支援学校の小学部くらいの小さなお子さんが泊まりにくることもあります。
そんな時に家庭的な場が提供する安心感は、とても大切な要素なのです。
余談になりますが、ずっと昔、さまざまな福祉関係の施設が「○○の家」と名付けられました。家のもつ家庭的な良さを名前に込めたのでしょう。しかし言葉の持つ恐ろしい作用があって、「家」と名前がついているから、ここは家庭的なのだという、都合のよい思い込み(言説)が生まれるのです。その結果、実際には管理的で、差別的な、そして職員が明らかに家族的ではない施設の人が「うちは○○の家といってとても家庭的な施設です」、というような本末転倒なことをいいだしたりしました。
そうしたことが大嫌いだったので、僕らは本当の「家(僕ら自身が住んでいる家ですから、間違いなく家です)」を使って、本当の「家庭(僕らは夫婦ですから、本当に家庭です。家庭的ではありません)」でみんなと過ごし、暮らす有り様を選んで、今日に至っています。
さて、そんなこんななので、家庭の安心感が必要な人たちには、きっと大切に使っていただけていると思っています。
また、こうした預かりの家が、見るからに変にお洒落な特別な感じの家だと、お子さんによっては、「ここはきっと歯医者に違いない」とか、「家を装っているけど、中には注射器を持った白衣の人が待ってるぞ」みたいな誤解をもちかねません。だから僕らは、看板も出さないようにしています。
大切なことの一つは、みんなのイメージの中にある、「普通の家」であることなのです。このことが、一般的な普通の家を沢山作っている、標準的で大量生産されているっぽい、大手ハウスメーカーを選んだ大きな理由です。デザイナーズな感じは、NGなのです。

それから「一緒に暮らそう」の家は、バリアフリーや、介護しやすい家づくりとは異なるベクトルの家づくりです。ところが、現在の家づくりの全体的な方向は、バリアフリーや介護や支援などの方に向かっています。僕は今回の、バリアフリーとは異なるベクトルの家づくりを、大手ハウスメーカーで試してみたかったのです。
そして小さなきっかけでしかないでしょうが、大手メーカーの建築士さんに、「一緒に暮らそう」の家づくりの設計を一緒にやってもらい、その視点を今後の設計に活かしてほしい。それには大手ハウスメーカーが一番効率的だと考えました。

ちなみに、設計は櫻井さんという一級建築士さんが担当してくれました。何度か家に来て、裕子さんや、他の利用者さんや、それから壁に空いた穴や、いろいろな様子を見ながら、設計を進めてくれました。
顔写真がないので、櫻井さんが撮ってくれた写真を公開。
地鎮祭の時の写真なのですが、あいかわらず裕子さんが・・・。

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現在、現場の方には、高橋さんという一級建築士さんが来てくれています。

このカテゴリーでは、いよいよ建築・設計の工夫を書いていきます。

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